男闘呼組・成田昭次「極秘入籍」と「長女誕生」の真実――純愛10年を貫いた絶頂期の素顔(1993年掲載)

1993年3月、人気絶頂にあったロックバンド「男闘呼組」の成田昭次に関し、世間を驚愕させるスクープが報じられた。タイトルは『成田昭次 隠れ入籍』。

当時24歳、俳優としても飛ぶ鳥を落とす勢いだった成田昭次が、実は前年に結婚しており、すでに生後4ヶ月になる長女の父親になっていたというニュースである。本記事では、当時の誌面が伝えた「10年愛」の結実と、東京での新婚生活の様子を振り返る。

スクープの核心:入籍と第一子誕生のタイムライン

記事によると、成田昭次の結婚と出産の事実は極秘裏に進められていた。具体的なタイムラインは以下の通りである。

  • 1992年5月:中学時代の同級生である妻と入籍。
  • 1992年10月:第一子となる長女が誕生。
  • 1993年2月:自宅にて、育児と家事に励む妻の姿が目撃される。

誌面には「スクープ!」の文字が踊るものの、その内容はスキャンダラスな暴露というよりも、中学時代からの愛を貫いた二人の「純愛」を称えるトーンが強いのが特徴だ。

中学同級生との「10年愛」と1988年の事故

妻となった女性は、成田昭次の中学時代の同級生である。二人の交際は、記事掲載時点で実に10年におよんでいた。

この関係が公に知られるきっかけとなったのは、1988年秋に発生した交通事故である。成田が帰郷中で乗用車との衝突事故を起こした際、助手席に同乗していたのが彼女だった。この事故で交際が明るみに出た後も、二人は東京での同棲生活を経て愛を育み続け、成田のブレイク後も変わらぬ関係を維持していたことが記されている。

俳優業絶好調の裏で見せた「パパ」としての顔

1993年当時、成田昭次は仕事面でも最も充実していた時期の一つと言える。

テレビドラマ『お茶の間』(日本テレビ系/渡辺満里奈との共演)での好演が話題を呼び、映画『新・極道の妻たち・覚悟しいや』にも出演するなど、俳優として連続ヒットを飛ばしていた。また、男闘呼組としてもエイズ・キャンペーンに参加するなど、社会的メッセージを発信する活動も行っていた。

多忙を極めるスケジュールの合間を縫って、成田はメゾネット形式の自宅で家族との時間を過ごしていたようだ。記事では、ベランダに干された「男もののTシャツ」と「赤ちゃんの肌着」が風になびく様子や、ファンが自宅を訪れた際に家の中から赤ちゃんの元気な泣き声が聞こえてきたエピソードなど、トップアイドルの生活感あふれる「家庭の情景」が生々しく描写されている。

1993年の「アイドルと結婚」のあり方

当時のアイドルにとって、結婚や出産の事実は現在以上にセンシティブな情報であった。しかし、本記事は「手際よく洗濯物を干す若奥さま」「鼻歌が聞こえてきそうな幸福な日常」として、その生活を肯定的に伝えている。

ファンの少女たちがベランダの洗濯物(女性用下着や子供服)を見上げて溜息をつく描写がありつつも、成田昭次が「ケジメ」として選択した結婚と、それを支える妻の内助の功にフォーカスが当てられている点は非常に興味深い。男闘呼組の活動休止(1993年6月)が迫る直前の、成田昭次の貴重なプライベートの記録である。


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