青山英樹は、日本のドラマー。スタジオ・ミュージシャン。本名同じ。東京都出身。日本芸術高等学園卒業。既婚。EVER+LASTのドラムスのほか、日本芸術専門学校の講師も務める。2006年にプロドラマーとしてデビュー以降、様々なジャンルのライブやレコーディングで活動している。父は青山純。


来歴
青山英樹がドラムを始めたきっかけは、ドラマーである父・青山純の影響による。自宅にドラムセットがある環境で育ったが、中学生の反抗期に「父親ができないことをやりたい」という思いから、父親がワンバス奏法を用いていたのに対し、青山英樹はツーバス奏法を選択した。X JAPANのYOSHIKIのツーバス演奏に衝撃を受けており、その速度と技術をコピーして練習を重ねた。
2005年、葉菜(後のGacharic Spinのメンバー)らとStraight Flushを結成。2006年、Straight Flushから改名する形でARMERIAを結成し、同時期にヤマハ・ドラムスとエンドースメント契約を結んだ。

サポートドラマー時代
2008年3月、JAM Projectのサポートドラマーとして活動を開始。JAM Projectへの参加は、アニソン界を代表するボーカリスト・きただにひろしを経由しての誘いであった。同年5月にDROWNINGへ加入、12月にはEVER+LASTの活動を開始。
2010年代には、多くのアーティストのバックアップを担当。2013年初頭のBABYMETAL参加により、その高度なツーバス技術が国内外で認知されることになった。その他、森久保祥太郎、緒方恵美、吉川晃司のライブツアー参加のほか、中川翔子、Little Black Dress、ORANGE RANGE、angela、B’zなど幅広いジャンルでのサポートを務めた。
2012年5月からは、日本芸術専門学校でドラムの講師に就任。
成田昭次との出会いと関係
2020年11月3日、シンガーソングライターLittle Black Dressが神奈川・Billboard Live YOKOHAMAで開催した単独公演「参ったな2020 Little Black Dress」は、青山英樹がサポートドラマーを務めており、このライブに成田昭次がスペシャルゲストとして出演した。
この出演がきっかけで、2022年6月、成田昭次が約29年ぶりに表舞台へ復帰することになった際、青山英樹は成田昭次の音楽パートナーとして選ばれることになった。この時点で、青山英樹が所属していたLittle Black Dressのバックアップドラマーという経歴が、成田昭次に高く評価されたと考えられる。
男闘呼組との関わり
1980年代後半の伝説的ロックバンド・男闘呼組が、2022年7月より期間限定で活動を再開したにあたり、青山英樹は成田昭次によって重要な位置づけを受けることになった。男闘呼組再結成当初には、プロデューサーの寺岡呼人とともに、バンドの音楽的基盤を支えるメンバーとして参加。
成田昭次の新バンド「成田商事」(後に「NARITA THOMAS SIMPSON」へ改名)を2022年6月に結成し、その後2023年9月に改名した3ピースユニットでも活動。成田昭次(ボーカル・ギター)、寺岡呼人(ベース・プロデューサー)、青山英樹(ドラム)の3名体制で、精力的にレコーディング・ツアーを展開。
青山英樹は初対面時、成田昭次に対して「めちゃくちゃ怖い人」というイメージを抱いていた。しかし、その後のバンド活動を通じて関係が深まった。一方、成田昭次は青山英樹のことを「分け隔てのない」「大切な存在」「ムードメーカー」として評価し、バンドメンバーとしての信頼を寄せている。青山英樹自身も、男闘呼組メンバーとの活動を通じて「不思議な縁」を感じており、父・青山純がかつてサポートした男闘呼組との再会が、人生における大きな転機となったと語っている。

Rockon Social Club
2023年、男闘呼組の成田昭次、高橋和也、岡本健一、前田耕陽の4名に加え、プロデューサー・寺岡呼人とドラマー・青山英樹を迎えた6人組ロックバンドRockon Social Club(RSC)が誕生。寺岡呼人のプロデュース下で、男闘呼組の遺産を現代的にアレンジし、新たなロックバンドとしての活動を開始した。
青山英樹のドラムセットアップは視覚的なインパクトで知られており、バス・ドラムはホワイト、タムはグリーン&ブルー、フロア・タムはイエロー&ブルーベリーという複数色を組み合わせたYamaha Beech Customを使用。Yamaha HEXRACKⅡアーチ状スタンドを使用した独創的なワンバス・セッティングが特徴。
RSCのライブパフォーマンスでは、青山英樹が驚くほどのパワーを発揮し、ツイン・ペダルを駆使したフレーズや、エモーショナルなドラミングが評価されている。バック・ビートと楽曲のアンサンブルを強力にサポートすることで、バンド全体の分厚いロックサウンドの基盤を構成。
NARITA THOMAS SIMPSON
2022年6月、成田昭次による約29年ぶりのソロライブ(Billboard Live TOKYO)において、新バンド結成が発表された。初期は「成田商事」として活動し、2023年9月に「NARITA THOMAS SIMPSON」へ改名。
メンバーは成田昭次(ボーカル・ギター)、寺岡呼人(ベース・プロデュース)、青山英樹(ドラム)の3名。青山英樹は、成田と寺岡の楽曲に対してプロフェッショナルなドラマーとしてのセンスとスキルを投入。
人物・スタイル
ドラムスタイル
青山英樹は主にツーバスドラムセットを使用。ドラムセット構成は以下の通り:
- 2バス、3タム、2フロア(多点仕様)
- チャイナシンバルを3枚セッティング
- クラッシュシンバル類は若干高め、エフェクトシンバル類は少なめ
スネアを重く叩き、過酷なツーバスペダルを駆使しながら全体のパワーを高める特徴を持つ。この重厚感と安定感がロック音楽における「バックビートの基盤」として機能するとされている。
キャリア特性
広いジャンルでのサポート経験を持つが、特にロックとメタル系の現場での活動が目立つ。BABYMETAL等のハイエネルギーなパフォーマンスを要する場面でも知られ、長時間のライブ演奏を高いクオリティで維持する技術と体力が評価されている。
JAM Projectのサポートドラマーとしての経験により、国際的なライブ経験も豊富で、「海外あたりまえ」「数万人の前がデフォルト」という経歴から、日本人ドラマーのトップクラスと評されている。
父・青山純
青山英樹の父・青山純(1957年3月10日 – 2013年12月3日)は、日本を代表するドラマーである。
青山純は山下達郎のレコーディングやライブの固定ドラマーとして知られており、1978年から1990年代にかけて約20年間にわたり日本の音楽シーンを支えた名手。竹内まりや、B’z、プリンセスプリンセス、THE SQUARE(T-SQUARE)、杉真理らのサポートを務めた。
広いレコーディング経験として、青山純は2000年から2013年にかけてMISIAのライブを継続的にサポート。同時に、1980年代後半の男闘呼組のレコーディングにも参加し、複数の楽曲でドラムを演奏していた。Rockon Social Clubの高橋和也は、インタビューで「男闘呼組の時代には、彼(青山英樹)のお父さんである青山純さんとは、レコーディングで一緒にスタジオセッションしている」と証言している。

2013年12月3日、肺血栓塞栓症により56歳という若さで急逝。山下達郎は故人の訃報直後のライブで、青山純への哀悼をラジオ番組『SUNDAY SONGBOOK』で特集「極私的、青山純 追悼」として放送した。
青山英樹は父親の死について、2022年12月3日の命日9周年に「あっという間に9年が経ちました。自分がドラムを叩いて居られる事、色々な人と出会えて一緒に演奏が出来ている事、全て父親が繋いでくれて、ミエナイチカラが僕を今動かしていると思います。息子として最高な父親で幸せです。」と綴っている。(B’z「ミエナイチカラ ~INVISIBLE ONE~」の歌詞を引用)
自分がドラムを叩いて居られる事、色々な人と出会えて一緒に演奏が出来ている事、全て父親が繋いでくれて、ミエナイチカラが僕を今動かしていると思います。
息子として最高な父親で幸せです。
#青山純
青山英樹は父の偉大さを、ARMERIAの挫折を経験した後のサポートドラマー時代に再認識。その後のキャリア形成に大きな影響を受けたとしている。
