MYOJO 1985年10月号の「保坂展人の元気印レポート」は、本『ロックよ、静かに流れよ』(吉岡紗千子著・径書房刊)に描かれた19歳の吉岡俊介さんを紹介し、そのメッセージを伝えています。

ロックを武器にした俊介
筆者の保坂展人さんは、ツッパリという言葉をあまり聞かなくなった今も、生徒たちが学校にぶつけた不満は何ひとつ解決していないと書き、19歳の吉岡俊介さんを紹介しています。俊介さんの武器はロック。高校生のころにモッズに強い影響を受け、バンド「ジェイル」を作って活動していましたが、今はバンドを休み、詩を書き、曲を作っています。デビューの話もあるものの、少しも焦っていないといいます。
『ロックよ、静かに流れよ』の物語
母の紗千子さんが書いた『ロックよ、静かに流れよ』は、俊介さんたちの青春の物語です。両親の離婚で、俊介さんは母と妹と東京から長野県の松本へ移り住み、中学3年生の俊介さんの家の4畳半は、土地のツッパリの仲間たちのたまり場になりました。いちばん親しくなった友だちのミネさがバイクの事故で亡くなると、仲間たちは追悼コンサートを企画します。楽器を持つのも初めてでしたが、費用をほっかほか弁当のアルバイトで稼ぎながら猛練習し、コンサートは大成功。バンドは「ジェイル(牢獄という意味)」と名のって、松本でファンができるまでになりました。記事は、1年前に出たこの本を、夏の終わりに読む本として薦めています。
俊介のメッセージ
俊介さんは、「俺たちの場合、バンドを組み音楽をやるというのは、余裕なんかないギリギリの自己主張だったし、最後に残された手段だった」と話しています。今バンドを休んでいるのは、その厳しさに耐えられる仲間を求めているからだと、記事は伝えています。先生が約束を破って警察に売った時には、大人を絶対に信じられないと思ったものの、最近は、大人と互いに良い部分を吸収し合うこともできるのではないかと考えるようになったといいます。今の中学生くらいの世代には、「このためなら、なんでも投げだしてやるぜ!という気迫のあるやつが少なすぎるよ」と語り、記事は「表通りへ突っ走ろうぜ」と呼びかける俊介さんの詩で結ばれています。
出典・元記事
- MYOJO 1985年10月号 188ページ「保坂展人の元気印レポート」「走り続ける19才、俊介のメッセージ 信じられるだけの自分をつくりあげろ!!」:吉岡俊介の紹介、本『ロックよ、静かに流れよ』の物語、俊介の話と詩。
写真や記事の詳しい内容は、MYOJO 1985年10月号の誌面をご覧ください。
