シェイクスピア、ダークコメディ交互上演『尺には尺を』(しゃくにはしゃくを)『終わりよければすべてよし』(おわりよければすべてよし)は、岡本健一が主要な役を演じた舞台作品。新国立劇場中劇場において2023年10月18日から11月19日に上演された。ウィリアム・シェイクスピアの二つのダークコメディ作品を、同じ俳優陣が日替わりで異なる役を演じるという、日本初の試みとなる交互上演である。

本企画は、シェイクスピア作品の中でも上演機会の少ない『尺には尺を』と『終わりよければすべてよし』の二作品を、通常の上演形態ではなく、同時期に交互上演するという前代未聞の試みである。 新国立劇場では2007年9月より鵜山仁が演劇芸術監督を務め、2009年の『ヘンリー六世』三部作から始まるシェイクスピア歴史劇シリーズを展開してきた。本作品は、その歴史劇シリーズの延長線上に、異なるジャンルの作品へと試みを広げたものである。
両作品ともに「ベッド・トリック」を主要な仕掛けとしており、シェイクスピアが描く人間の本質、特に過ちと救済、愛の力についての深刻なテーマを扱う。 これらを交互上演することで、両作品の相互補完的な性質が浮かび上がり、観客は同じ俳優が演じる異なる役柄から新たな視点を得られるという意図がある。
岡本健一の出演
岡本健一は、本作品における最主要俳優の一人として、二つの作品でそれぞれ対照的な役柄を演じた。
今回この話をいただいたとき、一番惹かれたのは、このカンパニーで2本できるということ、この2作品のタイトルに、です。
今色々な世の中の流れがあるが、『終わりよければすべてよし』でいい方向に進んでいけばと思います」。そして。「お客様が納得できるよう、演劇の楽しさ、若い人から年配の人まで演劇の初心者を初めて見る人達にも楽しんでいただきたい。国を動かす、権力者が出てくる物語なので、日本の政治家や、国を動かす人達にも足を運んでもらいたい。
『尺には尺を』(アンジェロ役)
『尺には尺を』においては、ウィーンの公爵ヴィンセンシオの代理として統治を任されたアンジェロを演じた。アンジェロは、廃止されていた婚前交渉を死罪とする法律を厳格に執行する権力者であり、表面上は厳正な道徳律を自らに課している人物である。しかし、シスターの修練女志願者イザベラの必死の嘆願に対面した際、その貞潔さに惑わされ、自らが執行する法に反する行為を約束してしまう。その後、権力を背景に彼女を脅迫し、彼女の兄クローディオの死刑執行の延期と引き換えに肉体関係を強要しようとするが、周到に仕組まれたベッド・トリックにより、本来の相手ではなく、かつての婚約者マリアナと寝ることになる。その後、彼は約束を反故にしてクローディオの死刑を命じるなど、権力を濫用した罪に問われることになる。
岡本健一がこの役についてインタビューで述べたコメントによれば、アンジェロは表面的にはパワーハラスメントやセクシュアルハラスメントのように見えるが、本人の認識からすれば正しい、政治的で法律にのっとっているという基準を自らに課しながら行動している。しかし女性への愛が芽生えた途端に、その確固たると思われていた自己像は簡単に崩れていく。その状態をも受け入れて生き続けることの複雑さが、この役の本質にあるという。稽古を重ねるなかで、毎回新たな感情や思いが出てくるという興味深さが、この役に向き合う岡本の姿勢を示している。
『終わりよければすべてよし』(フランス王役)
『終わりよければすべてよし』においては、岡本健一はフランス王を演じた。フランス王は、医術の天才ヘレナにより難治の病気を治癒された後、彼女に褒美として自らの家臣の中から夫を選ぶことを許可する。ヘレナが選んだバートラムは、身分的に自分より低い女性への結婚を恥辱に感じ、逃げ出してしまう。しかし、フランス王は、愛と献身の力を信じ、ヘレナの追求を支援し、最終的に登場人物たちの和解と幸福な結末へ向けて道を開く役割を担う。
『尺には尺を』のアンジェロの酷薄さに対し、フランス王は慈悲深く温厚な統治者として描かれる。岡本健一は、この二つの役柄が全く異なることについて、『終わりよければすべてよし』のフランス王は「死にかけたおじいちゃん」という表現で、その人物像の根本的な相違を示唆した。岡本によれば、衣裳を着ることで二つの役の切り替えが自然に成立し、全く違う人格への変身が舞台上で具現化されるという。
この二つの役柄を同じキャストの中で体現することで、権力者としての人間の多様な在り方、特に権力の在り方と人格形成の複雑な関係性が舞台上に明示された。
演出
演出は、新国立劇場シェイクスピア歴史劇シリーズの立案者・演出者である鵜山仁が手掛けた。鵜山は、2009年から進めてきた『ヘンリー六世』三部作をはじめとするシェイクスピア歴史劇シリーズから約10年以上の時を経ての本作品の演出について、その間にコロナウイルスパンデミックやウクライナの戦争といった世界的な事件を経験したことが、自らの作品観に大きな変化をもたらしたと述べている。
鵜山は、今まで良いと思われていたものが必ずしもそうではないこと、平和だと思っていた世界に急きょ戦争がもたらされることなど、「どっちに軸足を置いて生きていったらいいかわからない」という現代の不確実性を経験したと語った。その上で、演劇自体が率先して、嘘と夢を客席にふりまきながら、世界の多様性や怖さを表現していかなければならないという芸術的使命について語っている。両『問題劇』について、「いいものと悪いものがぐるぐる回っていく」という感覚で世界を見ていくことの必要性を指摘し、このカンパニーの実績と重なって、様々な変化が爆発して客席に飛び出していくことを目指していると述べた。
キャスト
主要出演
その他出演
- 小長谷勝彦、下総源太朗、清原達之、藤木久美子、川辺邦弘、亀田佳明、永田江里、内藤裕志、須藤瑞己、福士永大
本企画では、同じ俳優陣が複数の役を演じるシングルキャスト体制が採用された。総勢19名の俳優が、二役ないし三役以上を演じることが特徴である。
作品内容
『尺には尺を』
ウィーンの公爵ヴィンセンシオは、都市の道徳的荒廃を改善するため、自らは留守を装いながら実際には修道僧に変装して状況を見守る。彼は厳格なアンジェロを代理として統治を任せる。アンジェロは直ちに廃止されていた婚前交渉に対する死刑法を復活させ、若き貴族クローディオとその婚約者ジュリエットが妊娠したことで、クローディオを死刑に処する。クローディオの妹で修練女志願者のイザベラは、兄を救うためにアンジェロに嘆願するが、アンジェロは彼女の貞潔さに魅了され、不義を強要する。公爵は変装して介入し、ベッド・トリックを仕掛け、アンジェロのかつての婚約者マリアナをイザベラの代わりに寝室に入らせる。物語は複雑に展開し、真実が暴露され、登場人物たちは最終的に公爵による支配下での秩序の回復と、不正への償いを経験することになる。
『終わりよければすべてよし』
フランス王は難治の病に苦しんでいる。医師の娘で孤児のヘレナは、亡き父から受け継いだ医術を用いて、王の病気を治癒する。王は彼女に褒美として自らの家臣の中から夫を選ぶことを許可する。ヘレナは愛するバートラムを選ぶが、バートラムは自分より身分の低い女性との結婚を拒否し、イタリアの戦地へ逃げ出す。ヘレナはバートラムを追い、イタリアの寡婦と彼女の娘ダイアナと友情を結ぶ。ダイアナもまたバートラムに執心されており、ヘレナと協力して、ベッド・トリックを用いてバートラムの指輪を取得し、彼との間に子をもうける。バートラムは当初、これらの事実を知らずにフランスへ帰還し、別の女性との婚約を試みるが、ダイアナが現れて真実を訴える。ヘレナが現れ、妊娠した身体でバートラムの全ての条件を満たしたことが明かされ、バートラムは彼女を妻として受け入れる。ダイアナには王から持参金と夫となる男性が与えられ、全てが良く終わる。
上演日程
- 会場:新国立劇場 中劇場
- 上演期間:2023年10月18日(水)~11月19日(日)
- 料金
- S席8,800円 / A席6,600円 / B席3,300円 / Z席1,650円
- 2作品通し券(S席のみ)15,800円(全席指定・税込・未就学児童入場不可)
