『建築家とアッシリア皇帝』(けんちくかとアッシリアこうてい)は、岡本健一が出演した舞台作品である。スペインの劇作家フェルナンド・アラバールによる代表作で、1967年にパリで初演。2022年11月から12月にかけて、東京のシアタートラムで上演された。


『建築家とアッシリア皇帝』は、フェルナンド・アラバールが自らの作品を「テアトル・パニック(恐慌の演劇)」と称した系統に属する作品である。1967年の初演以降、55年以上にわたって世界各地で上演されている。演劇界を震撼させた問題作として評価されており、2022年の日本での上演時にも「演劇界を震撼させた衝撃の問題作」と呼称された。
あらすじ
絶海の孤島に墜落した飛行機から、ただ一人の生存者として現れた男がいる。その男は自らを皇帝(アッシリア皇帝)と名乗り、島に先住していた男を建築家と名付ける。皇帝は建築家に対して、近代文明の洗礼と教育を施そうとする。お互いの存在を求め合いながらもぶつかり合う二人は、やがていろいろな人物を演じ始め、「ごっこ遊び」に興じるようになる。その過程で、心の底にある欲望、愛憎、そして罪の意識が次々と明かされていく。やがて二人は衝撃的な結末へと向かっていく。
制作背景と上演経緯
作品の作者フェルナンド・アラバールは、1932年にスペイン領で生まれた。幼少期はスペイン内戦を体験し、共和主義者である父親がカトリック信者である母親によって密告され、フランコ政権に逮捕されたまま行方不明となっている。その後アラバールはフランスに渡り、母国語ではないフランス語での著作活動を精力的に続けた。1967年、35歳の時に『建築家とアッシリア皇帝』を初演し、その年にスペイン旅行時に逮捕・投獄されるという事態に遭遇する。
2022年の上演は、世田谷パブリックシアター主催による「トラム、二人芝居」企画の第二弾として実現した。同企画の第一弾として8月から9月にかけて『毛皮のヴィーナス』が上演されており、『建築家とアッシリア皇帝』はその後続作品として位置づけられた。
岡本健一の出演






岡本健一は皇帝役を演じた。岡本と成河(建築家役)は、2015年の『スポケーンの左手』(マーティン・マクドナー作、小川絵梨子翻訳・演出)で初共演し、2021年の『森 フォレ』(ワジディ・ムワワド作、上村聡史演出)で再度共演している。岡本と成河が共に演出経験を持ち、戯曲を深く読み込みクリエイションに定評のある俳優であることから、二人芝居として一対一で対峙する三度目の共演作として本作が選定された。
演出の生田みゆきは、皇帝を「尊大であると同時に卑屈でもある振幅の大きなキャラクター」と描写した。生田は岡本の「少年のような自由さと好奇心そして正直さ」がこのキャラクターの表現にふさわしいと評価している。
劇中、皇帝は建築家に近代文明について教育を施そうとするが、同時に哲学、思想、愛、そして人間の根源的な欲望についても語り続ける。特に母親に関する話題が出ると、皇帝は敏感に反応し話を逸らすという特異な行動パターンを示す。作品の後半では、皇帝は建築家に死を覚悟し、自分を食べることを願う。
役作りと演技プロセス
岡本は本作に出演することを決めた際、かつての山崎努による同作の上演を知り、山崎に連絡したところ「あの舞台は自分にとって大冒険だった」とのコメントを受けたという。

岡本は戯曲について「こんな台本、読んだことないというくらいすごい世界だった」と述べ、その台詞量の膨大さに驚きを隠さなかった。特に、一人芝居に近い長台詞のパートが存在することについて、かつてサルトルの『アルトナの幽閉者』で経験した長台詞よりもさらに量が多いと評価している。
岡本は成河との共演について「成河と俺が一緒にやったら、何かになるだろう」と述べており、相手役への信頼を表明している。稽古での関係性について、岡本と成河の両者は「腑に落ちないと始められない」共通の姿勢を持ち、気分のムラや細部の違いに拘らず「本番さえちゃんとやってくれれば」という信頼関係に基づいていると述べられている。
成河は岡本について「“そもそも論”の人」と形容し、「どんな時も『いや、ちょっと待って。そもそもさ…』って言い出すのが口癖」で、初日が間近に迫った時期でも作品の根本的な問題に立ち返ることができる人物であると評価している。成河は同様の特質を持つイギリスの俳優・演出家サイモン・マクバーニーと比較し、「周りがハッとするような止め方をちゃんとしてくれる」「理屈がメチャメチャ強固」として、現場を動かし幹となり得る人物だと述べている。
岡本はこの作品を通じて「今までに感じたことのない、本当のライブ感というものを感じた」とコメントしている。作品の舞台設計は象徴的で、島(舞台)には段ボールの箱や切れ端が散らばり、黒いビニールシートで海を表現し、マンガチックな太陽が空に配置されている。幹に祠のような、あるいは子宮のような空洞のある大木が存在し、その幹の先端が空(宇宙)とつながる構造となっている。
演出の生田は岡本と成河の「強靭な声と身体」を駆使して遊び倒せる空間を準備することが重要だと述べており、身体性がこの作品では言葉以上にものをいう演劇だと指摘している。
上演日程
- 2022年11月21日~12月11日 シアタートラム(東京)
 
スタッフと出演者
- 作:フェルナンド・アラバール
 - 翻訳:田ノ口誠悟
 - 上演台本・演出:生田みゆき
 - 出演:岡本健一(皇帝役)、成河(建築家役)
 



