ADDICT OF THE TRIP MINDS 川上シゲ、新たなルートへ。日本のロックを牽引した”歪みベース”が刻んだ1993年からの軌跡と、岡本健一と語った「未来」

2025年12月13日をもって、岡本健一率いるADDICT OF THE TRIPMINDS(以下、ADDICT)において、日本の歪みベースのパイオニアとして知られる川上シゲの脱退が発表された。男闘呼組のメンバーとしても知られる岡本のソロバンドで、1993年の結成から2025年まで、初期と再始動期を合わせて約5年半にわたりバンドの重低音を支えてきたADDICT OF THE TRIP MINDS 初代ベーシスト川上が、新たなルートへと進む選択をした。

同日、バンドの公式YouTubeチャンネルにて公開された動画『重大発表☆2025 Members Talk4☆ADDICT OF THE TRIP MINDS』には、赤い吸音材に囲まれたスタジオに集うメンバーの姿があった。

12月13日といえば、奇しくも昨年(2024年)、ADDICT初となるツアーが大阪で幕を開けた記念すべき日である。ファンが固唾を呑んで見守る中、岡本健一の口から語られたのは、長年にわたりバンドのサウンドを支えてきたベーシスト、川上シゲが「別のルートに行く」という新たな選択であった。

1993年からの歴史に幕:川上シゲ、ADDICTからの脱退を発表

動画は、2025年10月18日・19日にTIAT SKY HALLで行われた、現体制ラストライブの映像から幕を開ける。青いライトとスモークの中、轟音を響かせるシルエット。それは、川上シゲがアディクトとして刻んだ最後のグルーヴの記録だ。

場面はスタジオトークへ。ボーカル&ギターの岡本健一が「2025年の11月の終わりになりましたけれども」と切り出し、川上の今後について報告する。

シゲさんがね、別のルートに行くっていう話が出まして

そこに湿っぽい空気はない。「どこ行くんですか?」という岡本の冗談めかした問いに、川上は「ちょっと未開の土地へね」と、あくまで前人未踏の音楽を探求し続ける姿勢を崩さずに返し、スタジオは感嘆と笑いに包まれる。それは、互いの音楽家としての生き様を尊重し合う、成熟したバンドならではの「前向きな旅立ち」の風景だった。

“歪みベース”のパイオニアがもたらした「革命」

川上シゲは、1970年代初頭から日本のロックシーンを切り拓いてきたレジェンドだ。伝説的バンド「カルメン・マキ&OZ」への加入以来、その名は「日本の歪みベースのパイオニア」としてロック史に深く刻まれている。『ベース・マガジン』の「低音名人」特集で取り上げられるなど、往年のロックファンのみならず、数多のミュージシャンから絶大なるリスペクトを集める存在だ。

彼の代名詞である「歪みサウンド」の原点は、意外な偶然から生まれたものだったという。当初はSunnのアンプ直結で音作りをしていた川上が、試験的にファズ・エフェクターの名機「マエストロ・ブラスマスター」(Maestro Bass Brassmaster 45)を手にした瞬間、運命は変わる。1

Maestro Bass Brassmaster 45

当時は知識がなかったため全てのツマミを最大に回して使ったところ、強烈なサウンドが生まれ、それがそのまま「崩壊の前日」のイントロに採用されたといいます。このサウンドは当時の日本の音楽シーンに衝撃を与え、テレビ収録ではカメラマンがギターの音だと勘違いしてギタリストを映したという逸話もあるほど、際立ったものでした。この経験は、彼の代名詞ともいえる「歪んだベースサウンド」の原点となりました。

▲カルメン・マキ 崩壊の前日 CARMEN MAKI – YouTube

川上自身はこう分析している。「ブラスマスターに出会う前からアタックを強めでグリスをたくさん使うプレイをしてたから、自然と歪んだ音になっていた」。つまり、機材に頼った歪みではなく、彼のアグレッシブなタッチそのものが、既に“歪んで”いたのだ。意図せずして生まれたその凶暴な音色は、やがて彼の唯一無二の武器となった。

1991年から岡本健一が主催してきたクラブイベント「Club Addict」での活動を経て、1993年に「ADDICT OF THE TRIP MINDS」が正式に結成された。バンド結成時に加入した川上の存在は、決定的な転機だった。伝説の“歪み”が加わったことで、バンド・サウンドは格段にグレードアップ。ヘヴィかつサイケデリック、そしてカオティックな独自の音響世界が完成したのである。

アルバム評などでも語られる通り、川上のベースは単なる低音の支えではない。バンド全体の音響基盤そのものであり、「川上の弾くヘヴィかつ凶暴なグルーヴ」2こそが、ADDICTというバンドの中核をなしていた。

動画内で岡本が「デカいなぁ、ベースの音は……聞こえないな、自分のギターの音は(笑)」と語った“爆音伝説”は、単なる音量の話ではない。バンドのアンサンブル全体を包み込み、支配するほど圧倒的な音圧と存在感こそが、ADDICTの核であったことを如実に物語っている。

1993年から2025年へ:映像で振り返る歴史

動画では、バンドの歴史を象徴する貴重なアーカイブ映像が公開された。

1. 1993年 西麻布Yellowの衝撃

テロップと共に映し出されたのは、結成初期の荒々しいステージ。岡本が「当時のシゲさん何歳ですか?」と尋ねると、川上は記憶を手繰り寄せる。

現在(2025年時点)56歳の岡本は、映像の中の川上を見て「今の俺よりも若いんだ、全然」と感嘆。そこで話の矛先は、画面左奥に座るギタリスト・田中志門へ。「あれ? 志門いくつだっけ?」と岡本が不意に尋ねると、志門は「47」と回答。

岡本が「もう47!?」と驚愕すると、志門は「毎回、そこ驚かされる」と苦笑いし、スタジオは爆笑に包まれた。岡本は志門に対し「30代みたいね(笑) 40代前半みたい」とその若々しさに驚きを隠せない様子。

その流れで川上も「(当時は)そう、41、2だね」と回答。続けて岡本が「でも短かったね、1年半ぐらい」と振り返った通り、ADDICTの初期活動は極めて短命であった。1993年の加入からわずか1年半の活動、そして27年もの長い沈黙を経て2021年の復活。時間の長さだけでは測れない、瞬間的な熱量の高さと深い絆が、このスタジオトークからも垣間見えた。

2. 2021年 再始動と成田昭次との共演

続いて映し出されたのは、2021年12月5日、渋谷VISION Tokyoでの再始動ライブの映像だ。ここには、岡本と同じく「男闘呼組」のメンバーであり、盟友である成田昭次がゲスト参加した姿も記録されている。

この再始動にあたり、重要な役割を果たしたのも川上だった。彼がシンガーソングライター佐藤嘉風のバックで弾いていたギタリスト・田中志門を見出し、ADDICTへ招き入れたのだ3。川上の審美眼が、現在のアディクトのサウンド形成に不可欠なピースを埋めた瞬間であった。

ADDICT OF THE TRIP MINDSと一体感

再始動から約4年間、1日2回公演を含め延べ20ステージ近くを駆け抜けたADDICT。動画中盤で流れた「2025 Live at TIAT SKY HALL」の映像は、その集大成と言える。

楽曲『幸せな日々』のイントロが流れる中、ステージ上で淡々と、しかし力強くリズムを刻む川上と田中の演奏。その重厚なグルーヴを背に、岡本は客席エリアへと降り立つ。マイクを手放し、観客の只中で拳を突き上げ、共に踊りながら会場の熱気を最高潮へと高めていく。

川上と田中が強固な土台を支えているからこそ、フロントマンの岡本健一は自由に飛び回ることができる。川上のベースはバンドを支えるだけでなく、会場全体の空気を温かく包み込むような包容力を持っていたことが、再びステージへと駆け上がり歌い出す岡本の姿からも伝わってくる。

過去のライブレポートを振り返ると、この日の『誰もが気付かない日の午後』では、川上の“指がベースを滑る”描写が残されている。旋律を誇張せず、むしろ感情の温度を下げながら曲の陰影を深くする低域として機能していた、という受け取り方ができる。一方で『旋律』では、間奏前の合図を境に“冴え渡るベース”が会場の温度をさらに上げたと記されている。リズムを支えるだけでなく、展開のスイッチとして前に出る瞬間がある。4

ADDICTのオリジナル『輝ける亡者』で見せた重心の低い骨太なロックサウンドから、間を置かずに男闘呼組のセルフカバー『推察の最中で』へ。その切り替わりの瞬間、曲の入口を“導入のベース”が自然に受け渡していく。その日の夜公演にはセットリストを逆再生にしたことで、その流れの必然性がより鮮明になった。

▲「推察の最中で」ADDICT OF THE TRIP MINDS LIVE at UNIT 7.7.2024 night – YouTube

ADDICTの低域は、単なる支えではなく“音の質感”として前に出る。低く立ち込める音色が絡み付くように作用し、上物(ギター/歌)に触れるたびに音像が変形していく。定位やEQの推測は避けつつも、低域が曲の空気そのものを作る、という見立ては成立する。

「The Sea」への出航、そしてアディクトの未来

動画の終盤、川上は自身の「新たなルート」について語った。

画面には、カルメン・マキとの新バンド「Vintage Makes Something New5」、そして川上自身がベース&ボーカルを務める新プロジェクト「The Sea6」(川上シゲ with The Sea)のフライヤーが映し出された。

川上が選んだ道は、自らの声を楽器として響かせる「海(The Sea)」への出航だった。

一方、これからのADDICTについて川上は、「ADDICTの場合はさ、実験するわけじゃない」と、バンドが持つ実験精神を肯定する。

もっと広がっていいんじゃないか

川上の提言を受け、岡本も「女性ボーカルとかね、全然違うボーカルを入れたい」と構想を語る。過去に教会ライブでオペラ歌手を招いたように、ADDICTは形を変えながら進化を続けるだろう。川上が残した「これはこれで残るわけだから」という言葉は、彼のDNAがバンドの根底に残り続けることへの確信のように響いた。

最大級の感謝とリスペクトを込めて

体にね、気をつけてほしいですよね」と気遣う岡本に、「そんな悪くないしね」と笑う川上。

最後は「テクノバンドになりますから(笑)」というMotomのジョークと、メンバー全員の温かい拍手で動画は幕を閉じた。

同日、公式ファンクラブ AddicTrips には川上シゲ本人からのメッセージも投稿された。

ADDICT OF THE TRIP MINDSの初代ベーシストとして、1993年の結成時から川上シゲが鳴らした”歪み”は、単なるノイズではなく、バンドの鼓動そのものであった。初期のわずか1年半、そして2021年からの4年間。その活動期間の長短に関わらず、彼が築いた音響基盤は、映像作品として、そしてみんなの記憶の中で、これからも永遠に振動し続ける。


  1. 【BM web版】歪みベーシストという生き方③━━川上シゲ | ベース・マガジン – https://bassmagazine.jp/player/interveiw-kawakamishige202011/2/ ↩︎
  2. ADDICT OF THE TRIP MINDS – アディクト・オブ・ザ・トリップ・マインズ – https://aotm.jp/ ↩︎
  3. 岡本健一が語る、27年ぶりに始動させた伝説のロック・バンド | Rolling Stone Japan(ローリングストーン ジャパン)- https://rollingstonejapan.com/articles/detail/38179/3/1/1 ↩︎
  4. 【LIVE REPORT】 『2024 ADDICT OF THE TRIP MINDS LIVE -WINTER-』竹芝BANK30◆2024.12.15 – ADDICT OF THE TRIP MINDS – アディクト・オブ・ザ・トリップ・マインズ – https://aotm.jp/livereports/2025/02/07/live-report-2024-12-15/ ↩︎
  5. Xユーザーの川上シゲさん: 「2025/12月25日(月) 吉祥寺 ROCK JOINT GB ★Vintage Makes Something New Live !! O.A. 川上シゲwith The Sea https://t.co/4nyP6H07T6」 / X – https://x.com/zdcbO4bWYC1mWUS/status/1995752297834709012 ↩︎
  6. Xユーザーの川上シゲさん: 「曲を沢山作っている 繊細で、個性的で陰りのある表現が得意な 女性Voいないかな フィオナアップル、ビリーアイリッシュ、PJハーヴェイなど、 The Sea 久々に LiVEやります! 2025.12月11日(木) 高円寺シヨーボート 是非!お待ちしてます。 https://t.co/ydAkmzc70S」 / X – https://x.com/zdcbO4bWYC1mWUS/status/1996092292252537179 ↩︎

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