日経クロストレンドが、Rockon Social Clubの寺岡呼人さんへのインタビュー後編を掲載しています。菊地陽子さんが、楽曲を作った過程、即興で進む企画、男闘呼組時代の経験と、それぞれの人生が今のバンドへ返ってくることを聞いています。
男闘呼組のプロデューサーは、3月にメンバーを入れたアルバムを出すため、成田昭次さんのソロに関わっていた寺岡さんへデモを依頼しました。寺岡さんは、その曲を演奏するバンドに自分が加わるとは、まだ知りませんでした。成田さんにスタジオで2小節ほどのリフをたくさん弾いてもらい、それを広げて曲にしていきました。1曲だけ具体的なリクエストがあり、そこから「遥か未来の君へ」が生まれたといいます。
作った曲は全て採用され、2022年中に仮歌を入れる予定でしたが、成田さんの喉がライブ続きで良い状態ではなく、歌入れは年明けの1月6日になりました。デモを作る時間もなく、成田さんが全曲を歌い、そこから歌の分担を考えました。完成した音を聴いたプロデューサーから、寺岡さんは歌わないのかと問われ、初めて自身の参加を意識したと語っています。記事は、男闘呼組の次の企画が、曲と世の中の反応に応じて形を固めるように進むと捉えています。
寺岡さんは、音楽には、その瞬間に音が生まれる即興の文化があると考えています。先の予定を固めることより、バンドを始めた時の新鮮さや高揚感に魅力を感じ、Rockon Social Clubにもそれがあるといいます。グループLINEで様々な案が出るうち、バンド名と赤いアーティスト写真が出来ており、即興へ対応するスタッフの力も評価しています。男闘呼組のライブの音、照明、映像も素晴らしく、古い曲が古さを感じさせないことに驚いています。
5月6日の初ワンマンでは、「ただいま」のアンコールでカラフルなエプロンを着けましたが、寺岡さんは当日まで演出を知りませんでした。最初は戸惑ったものの、評判の良さから、自分たちは料理される素材であり、良い作り手の手にかかれば最上のものになれると感じたといいます。前田耕陽さんが昔の映像で語った、10代には歌番組を回って言われたことをこなし、アイドルとして見られることへのコンプレックスについて、寺岡さんは6月8日の『SONGS』で、それが今は強い武器になっていると伝えました。人を楽しませる使命を若い時から経験したことが、世代を問わず喜ばせるバンドとして結実していると捉えています。

男闘呼組の活動を終える前に新しいバンドも始める選択は、賭けだったと寺岡さんは考えています。しかし終わってから始めれば、ファンもメンバーも燃え尽き、動きにくくなったかもしれないとも語りました。2022年末の打ち上げで高橋和也さんが、自作曲だけで演奏したい思いもあるが、支えてもらって再始動する今、寺岡さんの曲をもう一度演じてみたくなったと伝えてくれたことが、うれしかったと振り返っています。
寺岡さんは、4人が別々の道を歩いた経験が、人間性と表現へ返ってきていると感じています。互いに思いやれるため、録音もツアーも楽しく、アルバム発売の頃、大阪でメンバーからタワーレコードへ行こうという宣伝の提案が出るなど、自分が楽しいと思うことに正直に動く姿を挙げています。高橋さんがLINEへ「70になっても、カッコいいバンドとしてみんなでやっていこうな」と書いたことにも触れ、時間の許す限り音楽を続ける思いを共有しています。曲に加えて人物そのものが好きになり、子どもや友人、男性へとファンが広がることを、単なる復活以上の新しさとして捉えました。毎回の真剣な演奏がバンドの成長を生み、さらに伸びると期待しています。



