集英社オンラインが、成田昭次さんの自叙伝『人生はとんとん―成田昭次自叙伝―』の構成を担当した水野光博さんの文章を掲載しています。繰り返した取材から見えた人柄、本を出す理由、再始動をめぐる仲間の思い、食事の場での交流を記した記事です。

水野さんが初めて会った成田さんは、穏やかで端正な顔立ちと丁寧な口調に好感を持てる一方、時に寂しさや陰を感じさせる人でした。取材を重ねても、どんな質問にも口淀まず、家庭環境、芸能界入り、男闘呼組の活動休止、兄の死と自分を責めてきた苦悩を包み隠さず話したといいます。
そこまで話す理由を問うと、成田さんは、事件後にファンや関係者、メンバーにも説明と謝罪をしないまま名古屋へ戻ったことを語りました。一度は二度とギターを弾かないと思ったものの、多くの支えで2020年に音楽を再開。その後も説明と謝罪の場を設けなかったことが心苦しかったそうです。謝罪しても過ちや傷つけた事実は消えないと認め、本を出すと決めた以上、当時のことを自分の言葉で伝えたいと考えました。
書籍への思いを託した編集者は、かつて『明星』で男闘呼組を担当した人でした。水野さん自身も、その編集者から『Myojo』の10000字インタビューを打診され、2011年から全ての回を担当してきました。男闘呼組のロックへの志向、人気絶頂期の結婚、タトゥー、完売の全国ツアー直前の活動休止を、時代の違いだけで片付けられない異端の歩みと捉えています。
成田さんはソロ活動が軌道に乗らず、離婚や事件を経て、真っ当な人生へ戻れるのかという不安を抱えました。名古屋でハローワークへ通い、大工、材木屋、工場で働き、知名度から後ろ指をさされながらも、できる限り誠実に生活しました。水野さんは、平凡とも見える日々を、嘆いたりくさしたりせず、丁寧に過ごした姿を記しています。
編集者を介してメンバーとの連絡が戻り、本では岡本健一さん、高橋和也さん、前田耕陽さんにも長時間取材しました。4人は復活を願っていても、最初から同じ考えではありませんでした。高橋さんと前田さんの慎重さは、才能への疑いではなく成田さんへの愛情からだったと、水野さんは説明します。高橋さんは、今の生活とそれを得るまでの苦労を聞き、「何もかも投げ打ってっていうのは無茶だよなって」と回想しています。
成田さんも迷いながら、再始動してけじめをつけるため、50代で上京を決めました。音楽だけで生活できる段階ではなく、とんかつ店の厨房で再始動の直前まで働き、忙しい合間にギターを練習しました。

水野さんは、本の冒頭の、人に生かされてきたという言葉から、ギター、音楽、ファン、兄、母、メンバーに支えられた成田さんが、今度は誰かの背中を押したいのではないかと読み取ります。これは筆者の受け止めです。取材後に成田さんが働いた店で昼食をご馳走になると、美味しいと伝えた水野さんへ嬉しそうに微笑み、とんかつを揚げるコツや豚汁を作るタイミングを熱心に教えてくれました。記事は、本を読んだ人が、成田さんへ声援を送る価値を再確認してほしいという筆者の願いで結びます。
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