成田昭次の年表

成田昭次のヒストリーをまとめ

年表

1984年
愛知県豊田市の私立男子高校である杜若高等学校へ進学

1年生の1学期一杯までは通っていたが、夏休み期間を東京のジャニーズ事務所の合宿所で過ごしていた事もあって、2学期からは高校には行かなくなってしまった。そして同年10月に、完全に合宿所へと引っ越し、高校はそのまま中退した。

1984年
「東京(東京男組)」

「男闘呼組」の前身である「東京(東京男組)」のメンバーとなった。

1988年
映画デビュー「ロックよ、静かに流れよ」出演

長崎俊一監督の映画「ロックよ、静かに流れよ」に男闘呼組メンバー全員で主役として出演し、映画デビューを果たした。ツッパリグループのリーダー的存在のミネさ役を演じ人気を博した。本映画は、キネマ旬報ベスト・テン4位、第10回ヨコハマ映画祭の作品賞、監督賞、新人賞を受賞するなど高い評価を得ている。

1988年
「男闘呼組」デビュー

「男闘呼組」としてレコードデビューを果たす。ボーカルとリードギターを担当し、作詞作曲も手掛けた。第30回日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞。NHK紅白歌合戦に出場。

1992年
結婚

23歳で結婚し、同年10月に女児が誕生した。

1993年
ドラマ「お茶の間」

日本テレビ系で放映された連続ドラマ「お茶の間」の主人公「花井薫」を演じた。原作は漫画の「バタアシ金魚」の続編である。渡辺満里奈と共演した。

1993年
「男闘呼組」活動休止

6月30日付けで「男闘呼組」は活動を休止し、事実上の解散となった。 その後、ソロで2枚のシングル及び2枚のアルバムをリリースし、ライブハウスを中心に活動した。

1994年
テレビ朝日『ミュージックステーション』ソロ出演

ソロデビュー曲『永遠のひととき』を披露。

1995年
2ndアルバムを発売

2ndアルバム「Jack In The Box」を最後に、消息不明状態になる。

1997年
「Sheriff」結成

成田昭次が高橋和也の父親が経営するバー「マローネ」で1年間ほど弾き語りをしていた時期で、高橋和也と結成したユニット。

1997年
『前田耕陽と愉快な仲間達 in マローネ』に参加

新宿「マローネ」で行われたLIVE『前田耕陽と愉快な仲間達 in マローネ』に参加し、久しぶりにファンの前に姿を現す。

1998年
ジャニーズ事務所を退所

同年3月、個人事務所 兼 レコードレーベル「HEY SAY FACTORY」を設立。

1998年
「INORGANIC」を結成

男闘呼組でドラムのサポートをしていた平山牧伸と、高橋和也の親戚でベーシストの樋渡尚崇とバンド「INORGANIC」を結成し、渋谷エッグマンでの1stライブを皮切りに月2~3回のペースでライブ活動を行った。1998年12月にはアルバム「Deep Emotion」をインディーズからリリース。タワーレコードにてインストア・イベントを決行し、1500枚が即日完売してインディーズ第一位の実績を記録した。2001年解散。

2001年
「What’s」を結成

新バンド「What’s」を結成し、NOBODYのプロデュースにより2002年にアルバム「This」を完成させた。

2004年
日本クラウンに移籍・メジャー再デビュー

ソロマキシシングル『ボクノスベテダッタノニ』をメジャーレーベルからリリースした。

かつてジャニーズ事務所でフォーリーブスのマネージャーをしていた野木勉が2003年に成田のために渋谷に設立した個人事務所「株式会社 BASS ADVENTURE」に移籍。 野木はファンクラブ運営会社「有限会社 B.A.BROTHERS」も同地に設立。

2006年
「Shining Entertainment 」設立。

「株式会社 BASS ADVENTURE」が経営難に陥り、解雇される。同年8月、個人事務所 兼 レコードレーベル「Shining Entertainment (シャイニング・エンタテインメント)」設立。

2006年
芸名を「成田昇司」に改名

芸名を「成田昇司」に改名(公式HPにて発表)し、2007年10月21日に旧芸名「成田昭次」に戻した(公式HPにて発表)。

2006年
「SNAG」結成

2009年
活動休止

自宅に乾燥大麻を所持していたとして大麻取締法違反で現行犯逮捕された。精力的に音楽活動をするさなかでの逮捕であり、逮捕前日も九州でライブを行なっていた。10月16日、起訴。11月11日、兄・成田健一(元ジャニーズJr.)が死去。12月10日、東京地裁にて懲役6ヶ月、執行猶予3年(求刑懲役6ヶ月)が言い渡された。これ以降、長らく消息不明の状態が続いた。本人によると名古屋で一般職に就いていたという。

2019年
活動休止後初メッセージ

『ロックよ、静かに流れよ』公開30周年記念上映会トークショーにて岡本健一が、男闘呼組のファーストアルバムに収録されている成田のソロ曲「不良」を弾き語りし、『懐かしいね。この映画ものすごい大好きで誇りに思ってるから、みんなによろしく』という成田の伝言が発表された。

2019年
岡本健一と成田昭次が再会

東京ドームで行われたジャニー喜多川お別れの会に参列し、成田の近影が正木慎也によってTwitterに投稿され話題となった。成田昭次、岡本健一が26年ぶり再会。

2020年
男闘呼組のメンバー4人が再会

男闘呼組のメンバー4人が名古屋で再会し、約27年ぶりにスタジオで楽器を鳴らしました。翌朝、再び集まった4人は、「せっかくだからジャニーさんのお墓参りに行こう」と前田の車に乗り込み、墓のある高野山へと向かう。車中でも3人は「もう一度、男闘呼組やろうよ、もったいないよ」と盛り上がった。

2020年
活動再開

ビルボードライブ横浜で開催されたLittle Black Dressのライブに特別ゲストとして出演した。「10年以上ぶりなので緊張しています。コロナ禍にもかかわらず、駆け付けてくれてありがとうございます」と挨拶し、男闘呼組の「秋」のアコースティックヴァージョンとデビュー曲「DAYBREAK」を披露した。高橋や岡本のパートも含め、成田が主旋律を最初から最後まで歌った。なお、本ライブに成田がゲスト参加することが公表されるとチケットはすぐに完売となった。そして当日の会場には、岡本健一も観に訪れた。

2020年
Instagramを開設

約10年ぶりにステージに立つことが出来たことについて感謝の言葉が綴られた。12月27日にはLittle Black Dressと共にビルボードライブ東京にて追加公演を行い、「勝手にしやがれ」、「横須賀ストーリー」、「飾りじゃないのよ涙は」、「六本木心中」(ここまで歌謡メドレー)、男闘呼組の「秋」、「DAYBREAK」、「TIME ZONE」、Little Black Dressの「ちょーかわいい」、「哀愁のメランコリー feat.成田昭次」(当時 新曲)を歌った。

2021年
「さつまや とんとん」でアルバイト

成田昭次現在所属の事務所の社長が経営してた飲食店で修行を始めた。

2022年
「成田商事」結成

本格的に音楽活動再開の初ソロライブ「犬も歩けば棒に当たる」の最終公演にて、サポートメンバーの寺岡呼人、青山英樹と一緒に3ピースバンド「成田商事」を結成することを発表。(のちに「NARITA THOMAS SIMPSON」に改名)

2022年
男闘呼組再始動

TBS「音楽の日」に男闘呼組のメンバーとして出演。「TIME ZONE」「DAYBREAK」「パズル」の3曲を男闘呼組復活とし演奏した。2023年8月までの期間で男闘呼組の再活動を発表した。披露された3曲の中で、唯一男闘呼組の楽曲ではなかったのが「パズル」は、成田昭次活動再開でリリースしたシングル、ミュージックビデオは男闘呼組のメンバー4人(成田昭次、岡本健一、高橋和也、前田耕陽)が出演。(のちに Rockon Social Club として男闘呼組のメンバー全員参加して再録)

2023年
「Rockon Social Club」結成

「男闘呼組」のメンバーである成田昭次、高橋和也、岡本健一、前田耕陽の4人に、プロデューサーの寺岡呼人とドラマーの青山英樹を加えた6名で構成される。男闘呼組の活動終了後、その音楽的遺伝子を受け継ぎながら新たな表現を追求する後継プロジェクトとして始動。

2024年
成田昭次ファンクラブ「CLUB55」開設

2024年
ドラマ『不適切にもほどがある!』に出演

TBS『不適切にもほどがある!』の最終話にて、31年ぶりにテレビドラマに出演。

2026年
成田昭次自叙伝『人生はとんとん』発売

人生を自らの言葉で語る初の自叙伝。制作には、アイドル雑誌『Myojo』の「10000字インタビュー」を手掛けたスタッフが再集結した。


成田昭次

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!