「ひとつは男闘呼組が活動休止になったこと」Rockon Social Club高橋和也が語る人生の転機、リチャード・ギアの親友に導かれて渡米、失意の中で得た希望の光、共演が増える後輩への思い(THE CHANGE 連載)【第1回/全30回】

双葉社THE CHANGEのRockon Social Clubメンバーによるリレー連載第1回は、高橋和也さんが男闘呼組の活動休止を人生の転機として振り返るインタビューです。

高橋和也にとって人生の転機の一つは、1993年の男闘呼組の活動休止だった。15歳から仲間と9年間活動してきたため、大切なものをすべて失ったように感じ、事務所を離れて一人の人間として歩み始めることにも不安があった。一方、自分の力で将来を切り開こうという意欲も湧き、自分が試される時期だったと振り返る。

支えとなったのは、男闘呼組の最後の舞台『スラブ・ボーイズ』を演出したロバート・アラン・アッカーマンだった。米国の映画や音楽の影響を強く受けた高橋には、リチャード・ギア、アル・パチーノ、スーザン・サランドンらとブロードウェイで作品を作ったアッカーマンとの仕事がうれしかった。稽古中に活動休止と事務所を離れる話が出た事情を知り、アッカーマンは舞台後に米国へ来て、語学や映画製作の現場を学んではどうかと勧めたという。

その言葉にすがるように渡米した高橋は、映画『奇跡の人』『卒業』のアン・バンクロフトの家で食事をし、多くの映画監督やプロデューサーと会った。アッカーマンがニューヨークで買い物帰りのリチャード・ギアと偶然会い、夕食を約束した時には、高橋も同行し、3人で食事をした。ギアはアッカーマンの舞台『BENT』で成功し、親友になったと聞いたという。

日本から来た無名の若者にも分け隔てなく接し、親しみを込めて「KAZUYA」と呼ぶ人々との交流から、世界的なスターも自分と変わらない日常を送る一人の人間だと分かった。傷ついていた高橋に勇気が湧き、当時の経験はかけがえのない宝物になった。

年齢を重ねてからは、二宮和也や亀梨和也など、以前の事務所の後輩とのドラマ共演が増えた。在籍中に会ったことはなくても、共演をうれしく感じる。相手に気を遣わせないよう先輩風を吹かせず、同じ俳優として節度をもって接することを心掛けている。

高橋和也

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