GQ JAPANは2026年11月4日、連載「愛車の履歴書」の第92回前編に高橋和也を迎えました。日産ヘリテージ・コレクションで歴代の車を見ながら、父のブルーバードでの運転練習、19歳の誕生日に贈られた280Z、機材を積めるビッグホーン、紫に塗り替えたプレジデントを振り返っています。
父のブルーバードから、誕生日の280Zへ
高橋和也が訪れたのは、神奈川県座間市の日産自動車座間事業所内にある日産ヘリテージ・コレクションだ。年代別に並ぶ歴代車を見て、「いやぁ、ここは日産ファンにとって夢のような場所ですね。パラダイスだ……」と語り、戦後のオースティンのノックダウン生産にも目を向けた。6代目ブルーバードの前では、18歳になってすぐ免許を取ったころを思い出す。父から、必ずぶつけるから自分の車に乗るよう言われ、この車で練習した。「ある意味では、僕にとって最初のクルマですね」と振り返っている。
2代目フェアレディZを見つけると、19歳の誕生日に父から280Zを贈られた経緯を語った。父が営むカントリーミュージックのバーで歌っていたカントリーシンガーの大野真虎から、父が譲り受けた車だった。「親父は大野さんからこの280Zを譲り受け、僕の19歳の誕生日にプレゼントしてくれました」と話す。大野が鮮やかな黄色、あるいは山吹色に塗っていた姿のまま、高橋が乗ることになった。
高橋が19歳になった1988年は、男闘呼組としてデビューした年でもある。ただし本人は、乗り始めたのがデビュー前か後かは記憶が曖昧だと断り、男闘呼組として活動するようになったのとほぼ同時期だったと語る。同じころの岡本健一は、モデルチェンジで印象を変えた新しいZに乗っていた。高橋は自分の車について、「僕のZは昔ながらのZのスタイルで、だからちょっと渋い、みたいな感じでした」と話している。記事の筆者は、岡本の車を3代目のZ31型と説明し、デビュー当時の二人が新旧のZに乗っていたとまとめる。
好きだった内装と、事故後の乗り換え
記事は高橋の愛車をS130型と紹介し、1978年に初代の後継として発表され、米国市場の要望を受けて大型化し、室内を広げたモデルだと説明する。2シーターと後席のある2 by 2があり、高橋の「後ろの席に仲間を乗せました」という発言から、筆者は後者だったと推定している。また、車体側面に「turbo」のステッカーがあったという高橋の記憶と、ターボ仕様が1982年10月に追加されたことを結び付け、後期型だったと推測している。
写真の説明では、黒と銀の「マンハッタンカラー」のフェアレディ280ZTや、左右のガラスパネルを取り外せるTバールーフを紹介する。搭載エンジンは2753ccの直列6気筒L28E型、最高出力は155psと記す。撮影車のセンターコンソールには3速オートマチックのレバーがあり、時計や油圧計、電圧計などの補助メーターも説明されている。こうした展示車の紹介とともに、高橋自身が気に入っていた内装の話へ進む。
展示車の運転席に座った高橋は、「この3連のメーターがめっちゃ気に入っていました」とダッシュボードを指さした。当時のトヨタ車のスイッチ類は、見ていると頭が痛くなるように感じたと語り、「日産のシンプルでセンスのいいインテリアが好きでしたね」と好みを説明する。記事は、三つの円形メーターを並べる配置がフェアレディZの特徴で、最新型にも引き継がれていると補足している。
大好きだったZには、横浜でガードレールにぶつけてしまった思い出もある。高橋によれば、乗っていた期間は1年余りだった。その後は機材を積める車として、いすゞのビッグホーンにしばらく乗った。マニュアル車で、意外に小回りが利き、便利だったと振り返る。一方、記事は、移動には便利でも、自分のメインの車としては物足りなかったという高橋の思いも伝えている。
紫のプレジデントで表した好み
20代前半の高橋は、当時みんなが読んでいたという厚い『カーセンサー』のページで、黒塗りのプレジデントを見つけた。販売店の場所は江東区か墨田区、価格は100万円か150万円ほどだったと記憶している。紫に塗ればキャデラックのように格好よくなると思いつき、ラメの入った紫に塗り替えた。単にキャデラックに乗るより、格好のよい日産車を選ぶことで日本車のプライドも表せるのではないかと考えたという。
目立つ車は行く先々で振り返られ、運転しているのが男闘呼組の高橋だと気づかれた。本人は当時を意気がっていたと振り返り、車好きの先輩には、政治家や重役が後席に乗る車をそのように使うのは生意気だと叱られたことも、笑いを交えて語っている。
記事はプレジデントを、米国車が政財界のVIP向け車両を占めていた1965年に登場した日産の高級車と説明する。筆者が手元の資料で確認した1980年の最上級仕様ソブリンの価格は462万7000円で、同時期のS130型フェアレディZには150万円台の仕様もあったとして、車格の違いを示している。
高橋の記憶では、この紫のプレジデントは男闘呼組時代から二人目の子どもが生まれるまで、約10年にわたる愛車だった。筆者のサトータケシは、サイケデリックな塗装のロールス・ロイス・ファントムに乗ったジョン・レノンを引き合いに出し、高橋とプレジデントの組み合わせにも、ロックな生き方の表現を感じている。




