男闘呼組リーダーが明かす活動休止、「レコーディングよりライブが好きでした」前田耕陽が発見した“次なるステージ”(THE CHANGE 連載)【第22回/全30回】

双葉社THE CHANGEのRockon Social Clubメンバーによるリレー連載第22回は、キーボードの前田耕陽さんの2回目です。メンバーそれぞれにやりたいことが出てきた男闘呼組の終わりのころと活動休止への気持ち、初舞台で見つけた希望、生の舞台とライブの面白さ、いつもピンチだと思って仕事に向き合うこと、苦労を見せない考え方を語っています。

Rockon Social Clubでキーボードを担当する前田耕陽は、1993年の男闘呼組の活動休止のころを振り返る。活動を続けるうちにメンバーそれぞれにやりたいことが出てきて、まとまらなくなっていった。自分で曲を作ると自我も強くなり、5枚目のアルバムは、メンバーがそれぞれバンドを結成して作った曲を集めたコラボアルバムのような異色の作品だった。いろいろな風を取り入れるのも楽しく、何でも受け入れられるスタイルは今のRockon Social Clubにも通じる気がするという。切磋琢磨してバンドとして成長していた時だったので、活動休止には正直驚き、初めは恨むような気持ちもあったが、時間は止まらないと頭を切り替えた。

まだ人生の先は長いと、ほかのことを考えるようにした時、希望になったのが舞台だった。休止の少し前の1992年に経験した舞台『HAPPY MAN さよなら龍馬』がとても楽しく、自分ではない誰かになれる面白さや、チームで一つのものを作り上げる良さを感じ始めていた。もうひとつの“THE CHANGE”だったかもしれないという。初舞台で坂本龍馬を演じるには生き様を知る必要があり、背景も分からずに演じるのは失礼だと資料を読み始め、それから読書が欠かせなくなった。舞台は客からすぐに反応が返り、同じ作品でも客や相手の呼吸で毎回変わるので新鮮で、男闘呼組でもレコーディングよりライブが好きだったと話す。

取材の2025年12月には、2026年3月の舞台の台本がまだできていないどころかアイデアもまとまらず、「常にピンチ、大ピンチ」だと笑う。いつもピンチだと思う気持ちがなくなったら、この仕事の辞めどきだという。危機感が伝わってこないとよく言われるが、準備してきたものは披露する時には出来上がっていて、いつも考えるのはその先のことだからだ。自分たちはベビーブーム世代で、Rockon Social Clubのファンがとても元気なのもその強さからではないかと考える。苦労は人に見せるものではなく、どんなこともあきらめたことはないと話し、メンバーが口々に「前田さんがリーダーだったから続いた」と話していたと聞くと、「ほんとはすげー、ちっちゃい人間なのにね」と照れ笑いした。

前田耕陽

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