前田耕陽が明かす男闘呼組メンバーとの初対面、とんねるず伝説ドラマで「カメラ目線で演技」、成田昭次と高橋和也LAで「俺たちどうする?」(THE CHANGE 連載)【第21回/全30回】

双葉社THE CHANGEは2026年2月6日、Rockon Social Clubの連載第21回として、前田耕陽の転機を紹介しました。男闘呼組への加入、学校との両立、初めてのドラマの現場、メンバーそれぞれの人生を尊重する考えを、前田自身が振り返っています。

前田耕陽が人生最大の転機に挙げるのは、高校1年生で芸能の仕事を始めたことです。学校の女子たちがクラスの男子全員の写真を事務所へ送ったことから、運命が動きました。当時はバイオテクノロジーにも興味があり、芸能界に入らなければそちらへ進んだかもしれないと、ときどき考えるといいます。

たのきんトリオが人気を集める姿に憧れ、歓声を浴びてみたいと思っていた前田。親は高校卒業を条件に入所を認めました。全日制から定時制へ移り、6年かけて卒業しています。卒業の頃には親も以前ほどこだわらなくなったものの、「だけど、約束しちゃったんで、守らないと」と、自分の約束を果たしました。

前田はグループを組むことを前提に入所し、単に事務所へ入るだけなら迷ったかもしれないと語っています。男闘呼組のデビューまで約4年、昼は学校、夜はスタジオで練習する生活を続けました。スタジオは外から鍵をかけられる缶詰めの状態で、その間にはメンバーの入れ替わりもありました。初対面の印象は悪く、高橋和也が顔もろくに上げずに挨拶する様子に反感を持ったといい、当時のメンバーはみな尖っていたと振り返っています。

ソロでは、入所の翌週に『トライアングルブルー』のオーディションを受け、合格すると翌週から撮影に入りました。とんねるずが出演する深夜ドラマで、芸能界や演技について知らないまま、一人で現場へ通っています。カメラを見ると目線を向けてしまい、叱られて反発したこともありました。その経験が、今も一人で現場へ行く際にためらいや戸惑いを感じないことにつながったと考えています。

メンバーのソロ活動が順調で忙しくなると、4人での練習で衝突もありました。それでも、互いの個人の仕事に口を出すことはなく、やりたいことを認める姿勢だったといいます。成田昭次と高橋がロスからしばらく戻らなかった時にも、残った2人でドラマや舞台をやろうかと話していました。同じグループにいても「各々にそれぞれの人生があるわけです」と考え、相手の活動を否定することは言えなかった前田。その尊重が、自分も好きなことをする自由につながったと語っています。互いを許容する空気を前田が無意識につくっていたのではないか、という見方は、記事の筆者の考察です。

前田耕陽

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