Rockon Social Clubのメンバー6人が5回ずつ、自分にとっての“THE CHANGE”(転機)と、音楽やメンバーへの思いを語ったリレー連載。転機として、高橋和也は男闘呼組の活動休止後の渡米と4人の再会、青山英樹はサッカーの挫折から出会ったドラム、成田昭次は男闘呼組の再始動、岡本健一は成田に教わったギター、前田耕陽は高校1年での芸能界入り、寺岡呼人は広島からの上京を挙げた。長い活動休止を経た4人の再会と再始動、そこに寺岡と青山が加わって生まれた6人のバンドの姿が、それぞれの立場から語られる。互いの個性を生かし合う役割、アルバム『THE SHOW MAN』での先輩や仲間との共演、客にチケット代以上のものを届けたいという思い、年を重ねてもバンドを続けたいという願いも語られた。各走者は最後の回で次の走者へメッセージを送り、アンカーの寺岡から最初の走者の高橋へのメッセージで、リレーの輪が閉じた。

高橋和也(第1〜5回)
トップバッターの高橋和也は、転機を2つ挙げた。1つは1993年の男闘呼組の活動休止で、事務所を離れて渡米し、演出家ロバート・アラン・アッカーマンの縁で出会った世界的なスターたちの優しさから勇気を得た。もう1つは、2020年8月に名古屋で4人が再び集まった男闘呼組の復活で、不可能だと思っていたことが現実になったという。Rockon Social Clubでは6人それぞれの得意分野が力になると話し、『THE SHOW MAN』での先輩や子どものころのヒーローとの共演から、教わったことを良い作品で返す恩返しを考えた。次の青山英樹には、父の青山純との共演を経て、その息子とリズム隊を組める縁の喜びを伝えた。

青山英樹(第6〜10回)
青山英樹の転機は、中学生の時にヴェルディ川崎のユースのセレクションに落ち、友達と、父の青山純の家にあった電子ドラムを叩いたことだった。X JAPANのYOSHIKIに衝撃を受け、2006年にARMERIAでデビューしたがプロの壁にぶつかり、JAM Projectから始まったサポートの仕事で、前に出過ぎない立ち位置を学んだ。父も叩いた男闘呼組の再始動でサポートを頼まれ、今はバンドの土台として先輩たちを引っ張りたいという。二つのバンドの違いや父の教えを語り、成田昭次の口ぐせの「70、80ハッピーで」の年齢までRockon Social Clubを続けたいと話した。次の成田には、健康第一でと呼びかけた。

成田昭次(第11〜15回)
成田昭次は、生涯最大の転機に男闘呼組の再始動を挙げた。再始動を阻んでいたのは自分自身で、音楽を聴くだけでギターも弾かずにいたが、高橋和也と岡本健一から連絡が届き、お別れ会で岡本と再会した。岡本の「それより、スタジオに入ろうよ」が2020年8月の4人のスタジオにつながり、会社の社長の後押しで決心して、2020年11月に約10年ぶりのステージに立った。会社勤めで知ったファンの存在の大きさや、『THE SHOW MAN』でのギターの師匠・野村義男との初めての録音、エレキギターへの再挑戦を語り、次の岡本には、その思いと熱意への感謝を伝えた。

岡本健一(第16〜20回)
岡本健一の転機は、合宿所で成田昭次に誘われてギターを弾いたことだった。16歳で男闘呼組ができてからは常にギターと一緒で、楽しく続けられたのは相性のいいメンバーのおかげだという。MISIAとの紅白歌合戦での演奏や、亀梨和也の歌声、ギターがつないだ段田安則との縁を語り、Rockon Social Clubは成田のソロと成田商事の流れから生まれたと振り返った。稽古場は打ちのめされる場所で、音楽は快楽だといい、それぞれの場所で活躍する6人が集まること自体がバンドの強さだと話す。行方の分からなかった成田を探して再会した思いにも触れ、次の前田耕陽については、男闘呼組が約5年続いたのは前田がリーダーだったからだと、頼もしさを語った。

前田耕陽(第21〜25回)
前田耕陽は、高校1年生で芸能の仕事を始めたことを人生最大の転機に挙げ、1993年の活動休止の少し前に経験した初舞台も、もうひとつの転機だったかもしれないと話した。個人活動で忙しいメンバーそれぞれの人生を尊重してきたリーダーで、大阪の暮らしの中で台本を書く楽しさを知り、自分のポイント集めの話がもとになった「ポイントちょーだい」の歌詞も語った。寺岡呼人の存在でRockon Social Clubは男闘呼組とは全然違うバンドになり、負担なく楽しめているという。2020年8月に4人がそろった日や、今できる100パーセントを出し続ける思いを語り、次の寺岡には、詞と発想力への感服を伝えた。

寺岡呼人(第26〜30回)
アンカーの寺岡呼人は、広島から上京して下北沢で暮らしたことを、最初で最大の転機に挙げた。未経験のベースでJUN SKY WALKER(S)に加わってデビューし、ソロで曲が書けなかった時期には、落ち込む代わりに笑顔を選んで人との縁に恵まれ、ゆずのプロデュースを託された。突然来る流れに抗わず身を任せることで成長できたといい、成田昭次との出会いを3つ目の転機として、メンバーに会う前に『パズル』を書いた。最終回では5人の素顔を語り、Rockon Social Clubを無敵だと感じると話して、最初の走者の高橋和也に、今度2人で飲みに行こうと呼びかけた。

