日経クロストレンドの男闘呼組インタビュー後編は、4人が再始動を決めた経緯と、今の仲間への思いを伝えています。『日経エンタテインメント!』2023年3月号の記事を再構成し、2022年の東京ガーデンシアターでのライブレポートと、各メンバーの活動紹介も収めています。
2020年8月4日に名古屋で27年ぶりのセッションをした4人は、翌日、前田耕陽さんの車でジャニー喜多川さんの墓参りへ向かいました。以前はスタッフやマネジャーが同席していたため、長時間を4人だけで過ごすのは初めてだったと振り返っています。高橋和也さんが持ってきた1992年のライブ音源を聴き、自分たちで曲を作り、演奏するロックバンドとしての意欲を思い出しました。高橋さんは、当時の自信が確信に変わるような感覚があったと語っています。

岡本健一さんは、所属事務所も別々になり、再結成はないと思いながらも、活動休止という状態には疑問が残っていました。再び演奏できると感じると、デビュー35周年、活動休止から30年となる2023年にライブをすると決めました。以前、セッションへの誘いを断っていたのは、4人で集まるなら大きな場所でやりたい思いがあったためだといいます。岡本さんが最も再結成を望んでいないと思っていた成田昭次さんと前田さんには、この提案が驚きでした。
名古屋で働き、長くギターを弾いていなかった成田さんには、再結成は覚悟のいる選択でした。一方、1993年に中止されたツアーのファンの思いが残り、このままでは将来に無念や後悔があるかもしれないと感じていました。東京で岡本さんから、活動を支えるプロデューサーのTANNYさんを紹介され、約8時間、説得を受けました。高橋さんは、地道な生活と、もう一度観客の前でギターを弾く人生があるなら、後者を選んでほしいと岡本さんが伝えたことを振り返っています。
成田さんの気持ちが傾き始めると、高橋さんと前田さんにも連絡しました。ロケや大阪での仕事のためその場には来られませんでしたが、2人も同じグループLINEを見ていました。成田さんは、男闘呼組は向かう先を決めたら必ず4人で同じ列車に乗り、昔から全員で確認して決断するため、それぞれの気持ちを大切にしたかったと語っています。会社の社長と同僚も再始動を応援し、会社総出で送り出してくれたことで決心が固まりました。すぐ音楽だけで生活するのは難しく、事務所が経営する飲食店で働きながら音楽へ戻っていきました。

『音楽の日2022』と復活ライブで披露した「パズル」は、寺岡呼人さんと成田さんの協働から生まれた曲でした。成田さんは、成田商事のライブへ向けた最初の打ち合わせで、これまでの話を寺岡さんに伝え、それが曲になったと説明しています。ソロで歌った時はしっくりこず、4人で歌えば良くなると思い、番組で演奏できないか相談しました。岡本さんは、押さえたことのない高度なコードを練習したといいます。皆で音を出すと手応えがあり、パートを振り分けることで、各人の人生が歌と重なりました。高橋さんは、歌い分けとコーラスが男闘呼組の持ち味だと説明し、成田さんは、皆で歌ってようやく曲が完成したと感じています。

4人は、ビジネス上だけの付き合いではなく、本音で話し、けんかもし、よく笑う人間同士の関係が、再結成のヒントかもしれないと考えています。前田さんは、全員がやりたいと思えば集まれるが、誰かが我慢して続けるのはよくないと語りました。成田さんは、名古屋の仕事をやり終えたこと、岡本さんの交渉、各事務所の支えも含め、物事を中途半端に放棄していないことが大きかったと捉えています。岡本さんは、別の道へ進むことも新しい人生の始まりとして肯定しています。
年齢を重ねた今の方が元気だと感じる岡本さんは、70〜80代の舞台人や年上の音楽家の活動から、自分たちも進めると考えています。高橋さんは、経験を積み、体や困難の乗り越え方を知る50代前半に再始動できてよかったと語りました。岡本さんが大きな会場にこだわるのは、できるだけ多くの人に生の公演へ来てほしいためでした。うちわやペンライトなしで自由に楽しめるライブに触れ、かつて高橋さんがペンライトや手拍子を嫌がり、演奏を止めたことも笑い合っています。成田さんは、先輩たちの伝統に反発し、影響も受けながら男闘呼組ができたと振り返りました。
併載のライブレポートでは、筆者が2022年10月15日の「第二章」を観ています。モノクロの映像で4人が合流し、円陣の後に色鮮やかな姿で現れる導入から、1曲目の「Stand Out」の歌い分け、演奏、コーラスに引き込まれたと記しています。筆者は当時のファンではなかったものの、30年以上前の曲が古びず、4人が一緒に立つ感動と人生が音楽に乗ることを感じたといいます。昼夜で曲目を一部替え、約2時間の公演を1日2本行う構成にも触れています。
筆者は12月27日の追加公演の「第一章」も観て、演奏やトークがさらに力を増し、高橋さんのギャグや仲間同士の掛け合いも増えたと捉えました。初日に岡本さんが伝えた「若い人たちは頑張って生きてください。生きていればきっといいことがあります」という言葉が、未来への希望として残ったと記しています。この感動と余韻は、筆者自身の受け止めです。
各人の紹介では、成田さんが寺岡さん、青山英樹さんと成田商事を結成し、シングルとミニアルバムを出して、Rockon Social Clubと両名義でZeppツアーを回る活動を挙げています。岡本さんは舞台と演出を中心に、演劇賞や紫綬褒章の受賞歴を紹介。高橋さんは渡米後の俳優活動、映画『KAMIKAZE TAXI』『ハッシュ!』『そこのみにて光輝く』のほか、舞台、ドラマ、イ・ビョンホンさんの吹き替えや朗読など、声の仕事にも触れています。前田さんは、複数のバンド、舞台の脚本と出演、YouTubeの『Team54 Radio』、大阪での講師の仕事を紹介しています。





