同じ1988年デビューも「当時は男闘呼組をほとんど知らなかった」寺岡呼人と成田昭次の出会い、名曲『パズル』を生み出したイマジネーション(THE CHANGE 連載)【第29回/全30回】

双葉社THE CHANGEのRockon Social Clubメンバーによるリレー連載第29回は、プロデューサーでメンバーの寺岡呼人さんの4回目です。人生で3つ目の転機という成田昭次さんとの出会い、男闘呼組のメンバーに会う前に想像して書いた『パズル』、Rockon Social ClubとNARITA THOMAS SIMPSONの“人格”の違い、多作の理由、信藤三雄さんの思い出とこれからの曲作りを語っています。

2021年に『24時間テレビ』でMISIAのベースを務めた寺岡呼人は、その後、MISIAのプロデューサーから、成田昭次がライブハウスで歌うので見に来てほしいと連絡を受けた。この出会いを、人生で3つ目の転機に挙げる。最初は挨拶くらいで、後日食事に行くと、成田は男闘呼組のことや自身のことを、自叙伝『人生はとんとん』に書かれているようなことまで話してくれた。JUN SKY WALKER(S)は男闘呼組と同じ1988年のデビューだが、当時はライブに明け暮れ、『ザ・ベストテン』や『夜のヒットスタジオ』を見る暇もなく、男闘呼組のことはほとんど知らなかった。

バンドにはそれぞれ人格のようなものがあると考える寺岡は、成田の話で男闘呼組の人格の解像度が上がり、ほかのメンバーに会う前に、想像から『パズル』を書いた。話しながら題がひらめき、帰りのタクシーでメモしていると歌詞のフレーズが浮かんできたという。本人と話して感じたことから作るのが好きで、対話はメールより鮮度が高い。後に岡本健一から、なんで俺たちのことをそんなに知っているのかと言われたといい、細かく調べた事実より、膨らんだイメージを生かした方が聴き手に浸透すると話す。

Rockon Social Clubは、ロッド・スチュワートやザ・ローリング・ストーンズのミック・ジャガーのように、どんなに年を取ってもかっこいいイメージが似合うバンドで、NARITA THOMAS SIMPSONはもっと内省的で、聴き手との心の距離が近い。NARITA THOMAS SIMPSONの曲を作っていると、Rockon Social Clubがどんな感じだったか思い出せなくなるほど、バンドによってプレイヤーの人格も変わり、それぞれが役割を自然に演じ分けてくれるので、作り手としてやりがいがある。この3年でかなりの数の作品を作ったが、年2回の公開でも名作ぞろいの『男はつらいよ』のシリーズのように、時間をかけたものが必ずしも名作になるわけではなく、鮮度とタイミングが大事だと考えている。

今は、詞・曲・アレンジと、曲を生み出す工程がとにかく楽しい。Rockon Social Clubのロゴを作った信藤三雄は、昔の作品をまねてほしいという頼みをがんとして受けず、常に新しいものを創る人だったといい、自分もそうありたいと話す。2つのバンドがライブで成長していくのを感じ取りながら新しい曲を作り、祭りの後の寂しさから次の一歩を踏み出し、客と最高の時間を共有するために、いい曲を作り続けたいと語った。

寺岡呼人

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